子供を生んで育てるということに まったくの迷いの無い人もいる。 その2
私は待ち合わせの高田馬場に向かう電車にのりながら、あれこれ考え事をしていた。
まず、開口一番におめでとうございます!と言うべきなのだろうか、それとも噂で知ったことなのだから本人からきちんと聞いてから改めて言うべきなのだろうかとか。
何はなくとも、本当にステキな人だ。小さな花束でも渡そうか。こういう時の礼儀やマナー、お母さんが言ってたことなんだっけ・・・
あっという間に馬場について、私は駅前に先輩の姿を見かけた。いつもと全然変わらない、けれどこの人は一年もしないうちにお母さんになるのだ。
「今日は寒いですね。」
先輩は誰とでもです・ます調で話す。
すぐにおめでとうございます!と白々しく切り出すことは出来なかった。
いつも通り、笑顔でとりあえずロシア料理にしようみたいなことを話す。そういえば妊娠してる人は食べれないものとかあるんじゃないだろうかとか、色々考えて、先輩が食べたいものを食べましょう!とお店を任せた。
お店についてメニューを頼んだら先輩が話し始めた。
「もう知ってるよね、私はもうすぐ入籍するし、来年母になります。」
堂々とそう言う姿は満ちたりて見えて、幸せそうに見えた。
「おめでとうございます!」
精一杯明るく言ったけれど、先輩はすこし苦笑いをした。
「ありがとう。でもね、急にこんなことになってお祝いするほうも驚いてしまうよね。今日は私がどんな気持ちなのか、分かってもらえたらなって思ってあなたを呼んだの。」
その後先輩は私が戸惑ってることまで分かってくれていて、自分がそうしたいというテイで私の疑問に答えていってくれた。
卒業はすること、出産後両親と保育園と協力して、数年後大学院に進んで研究は続けること。そして、計画妊娠であったこと。
「卒業すれば彼は外国に一度帰る。遠距離恋愛が怖いわけではなくて、私は生涯の伴侶にめぐり会った。だから最短で家族になりたい。」
留学生の彼のほうは、30歳に近い年齢で結婚をしてもおかしくなかった。周囲から日本の女性をうまく騙した、というようなことまで言われたらしい。
先輩がいった、生涯の伴侶ということばがその時のわたしに重く響いた。私は付き合ったばかりの彼氏と全然うまくいってなくって、恋愛がちっとも楽しくなかったからだ。
「この人だって思うのってどんな時ですか?」
そう聞いたら先輩はすごく優しい顔で笑ってくれた。
「私、妹がいるよね。妹と姉妹になれて本当に良かったって思ってるんだ。生まれ変わっても姉妹でいたい。彼女と離れていても繋がっているのが分かるの。初めてのことをする時も、おなじみのように感じる。彼と過ごしている時も、それを感じるんだ。そして私は彼と一緒に、同じように姉妹を産みたいって心から願って、それが叶うなら波も怖くないと思った。ハイになってる分けじゃないよ。よく考えたし、両親とも話し合った。驚いたのが、妹も同じように思ってて、そして彼女も卒業前に入籍して国際結婚をするってことかな。」
先輩と年子の妹さんが、同じ時期に海外からきた彼と出会って、彼女も同じように国際結婚をするという事に本当に姉妹は繋がっていると思った。その時漠然と、私にはこうやって、今の自分がおかれている場所がどんなふうに誰と繋がって、そしてどうなっていくとか一度も考えたことが無いって思って、自分になんだか恐怖した。
「私、あなたには私みたいにどんなことをする時も、懐かしい楽しさを持ってるそんな人と出会えるって思ってる。あなたがあなたを好きになってほしい。」
私はその当時、彼氏と一緒にいても楽しいのか分からなくなっていた。ただ6個も上で社会人で、いつも落ち着いていて、世の中を冷静にみてる(様に見えた)彼氏と一緒にいられないなら、それは自分が幼くて落度があるような気がして、なんとなく合わせてしまっていた。先輩はそのことまで心配してくれていた。
先輩の忠告を完全に正しいと受け入れながら、私は一人になるのが怖くてなかなか別れることができず、何度もグズグズになって、それで半年してようやくプッツリと別れた。何度も別れているうちに、何度かいっそ結婚しようかという話になった。その彼氏と話した結婚の話はどこか、そうするしかない波のなかに飛び込むようなそうしなくてはいけないような、そうでなければ自分が落伍者のような、そんな見えない何かに動かされていた。
それから何年かたって私は、ちゃんと好きな人ができたし、そしてちゃんと自分でいることもできるようになった。けれど、生活の中に子供の姿を想像することは出来ないままだった。
ある意味で理想化しすぎてるのかもしれないけれど、私はあのときの先輩が言っていた、この子を産めるなら何も怖くない という気持ちがまだ分からないでいる。
簡単にいうと利己的で、臆病なんだ。
出産は命がけだし、産後がどれだけ苦しかったかという漫画はたくさんある、パートナーとかえって距離ができてしまったらどうしようとか、先延ばしにしたい理由ばかり浮かんでしまう。
いつかわたしは自分のこの悩みを、幼稚でばかげたことだと断ずるときがくるかもしれない。でも、情けないことに、今の私には大問題で、そしていつか必ず答えをださないといけないことなのだ。
自分で答えをきめなければ、時が答えを決めてしまうのだ。